彼岸の入りに当たって

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彼岸の入りに当たって

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2019/09/20 彼岸の入りに当たって

お彼岸ですね。

この3連休は台風ですね。日本上陸の恐れもありそうですが、日本海に沿って北上しそうな感じ。台風から離れた地域でも前線が活発になるかもという予報もあります。みなさんどうぞお気をつけください。気持ちだけは「(晴れてよし、)降ってよし」の意気込みで。

 

 ここから後は、少し長いですが、よろしければお付き合いください。長すぎるなあと思われる方は、****と****の間の文章は飛ばしてもらってもかまいません。

 

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さて、少し残念なお話というべきでしょうか、少なくとも僧侶の私からすれば残念なお話なのですが、つい先日のラジオ番組で、リスナーの方からの以下のような投稿がありました。

 

食堂を経営しているが、近くのお寺の住職がとても嫌な人。時々ランチどきにやってくるが、「ご注文は?」と聞くと、「一番安いランチに決まっとるやろ」といった横柄な態度。忙しい時間帯にとにかく急かす。ほんの5分ほど待たせただけで「遅い」と嫌味を言う。サラダを出すと、ドレッシングは要らん、トマトは要らんと言い、新しいサラダを要求。ドレッシングをかけてしまったサラダは捨てざるを得ない。「コーヒー持ってきて」と言うから「その(安い)ランチメニューにはドリンクはついておりません」と言うと「ケチやなあ」と言う。檀家さんらしき方から電話がかかってきたら丁寧に対応しているが、切った途端「昼食どきに電話してくんなっちゅうねん!」と悪態をつく。

正直もう来てほしくないけれど、近くのお寺なので穏便に済ませたい。どう対処したらいいか、という質問。

 

この内容から、ラジオの出演者の皆さんは色々話を膨らませ、あるゲストは、「こういう態度が、お寺離れ、仏教離れを起こしているんじゃないですか」と。早い話、十把一絡げに、寺の僧侶を非難されていました。先日報道されたあおり運転の僧侶の話も持ち出して、仏に使える人がこんなことだとねえ、と。

 

近所の人みんなで、その人に対してもうちょっと態度を改めるべきではないかと諭してみてはどうだろうか、そんな態度のお坊さんは人を見下しているから、何か言い返されるとむしろシュンとなるのではないか、という意見に対して、ゲストの方が「坊主には決め台詞のようにやり返す言葉があるんだよ、『罰が当たるよ』と」という反論が出されてもいました。

 

司会の方は、「もちろん、立派なお坊さんもいらっしゃいますが」とフォローされていましたが、しかしどちらかというとこの話題では、僧侶に対する批判で終わってしまいました。本当に残念な話です。

 

このことについて、私個人としては、2つの感想を持っています。

 

まず1点は、そんな変なお坊さん、私と一緒にしないでね、私はもうちょっと真面目だし、私の周りの僧侶も、浮世離れしている面があったとしても人に迷惑をかけるような人は100人中1人いるかいないかだよ、ということです。もっとも、これを私が言えば「お前も同じ穴の狢だな」と言われそうですし、また、自分自身を聖人君子とは思っておりませんので、どなたか、在家の方から、こんないいお寺さんもいるんだよ、という話を聞かせていただきたいものです。

話題に上がるのは悪い評判ばかりでいい評判は上がりにくい。これはどの業界というかどの分野でも同じです。

あのお店不味い、店員の態度は悪い、ということはすぐにネットなどで出回りますが、あのお店美味しいというのは、かなりのレベルに達しないと、なかなか話題には上りませんよね。

警察官の不祥事はすぐにニュースになるけれど、見事な人命救助をしたということは「警察官として当然のことをしたまで」というわけで、大して話題にはなりません。

 

2点目は、人に迷惑をかけながら生きるのが人間であって、もちろん人に迷惑をかけないようにと心がけるのはいいことですけれども、それでも迷惑をかけるのが人間です。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉、私は好きですが、今の世の中、不寛容になって「罪も人も憎む」という流れになっている(それだけ凶悪犯罪が増えたという面はあるのかもしれませんが、そのことはさておき)。

僧侶は人の模範とならなければならないのは当然ですが、模範となれないのもまた人間であり、「ああ、あのお坊さん、人間臭い愚かな人だな」と思って、反面教師という意味での存在価値があるのではないかとも思います。人間的に素敵で大きくて、立派な僧侶もおられるが、どうしようもなくおバカな僧侶だっている。それは人間社会そのものだということです。

これも、僧侶の私が言えば「あ、開き直ったな」と言われそうです。開き直るつもりはありませんけれども、全てがパーフェクトの人間もいません。何をもっていい人なのか、何をもって悪い人なのか。これは、人間の欲であったり煩悩であったりが関係するので、その基準、評価軸は必ずしもなんとも言えません。完全な善も、完全な悪も、この世に存在するのかというと、そうとは言えないということです。

 

長くなってしまいました。僧侶の悪い評判は残念ですが、私も愚かな人間の1人であることもまた事実で、そんな自分だけれど、立派な僧侶だと思われるよう、努力したいとは考えています。ただ、そのように考えること自体が煩悩の塊であることを表しているわけで、難しいところです。

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彼岸の入りに当たって、佛華を活けました。大学の講義も始まって、なかなか生け替える時間がありませんでしたので枯れたまま放ったらかしになっておりましたが、ようやく。シンプルにカーネーションをワンポイントにした内容です。いつも買いに行く花屋さんで、ヒバが売り切れていたので残念でしたけれども、ヒバだけは青々と枯れずにいたので、以前のものを使いまわしです(笑)

 

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補足:もしかすると、画像が逆さまに表示されているかもしれません。なぜこのような症状が起きるのか、よくわかりません。ご容赦ください。

 

 

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