京街道を歩いて本山へ行こう!(石清水八幡宮〜本山編)

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京街道を歩いて本山へ行こう!(石清水八幡宮〜本山編)

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2022/12/31 京街道を歩いて本山へ行こう!(石清水八幡宮〜本山編)

ようやく、2回目のゴールを切る日がやってきました。先日のブログで述べましたように、6月末で一旦休止していた「本山への道」企画を再開、クリアしました。ちなみに、1回目のクリアは昨年の5月のこと。2回も歩くとかなり道を覚えました。また、実際には1日か1泊程度で大阪から本山まで歩くことを考えますと、京街道にこだわりすぎない方がいいという点も見えてきました。

 

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まず降り立ったのは、京阪石清水八幡宮駅。石清水八幡宮がある小山の麓にある駅です。登るとまた時間がかかりますので、今回はそのまま京都本山へ向かってGO!

出発時刻はおよそ午前8時。すぐに見えてくるのが木津川、宇治川、桂川の三川合流地域。サイクリングロードが整備されているのか、その場に立つ「さくらであい館」の広場にはサイクリングチームでしょうか、結構な人数が集まっていました。

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橋からは京滋バイパスが見えます。

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この地点を過ぎると、京街道は脇道の方へ向かうのですが、しばらく京都守口線と呼ばれる旧京阪国道を進むことにしました。すると、まず見えてきたのは、結構大きな青果市場(市場ではなく青果業者かも知れませんが)。伏見といえど若干南のこの地に立派な市場があるんだなあと、なぜかしら「へえ」と思ったのでアップしておきます。

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次に出てきたのが、淀城址。石垣が残るだけですが、てっぺんにはこのような碑があり、お堀跡なのでしょうか、しっかりしたものでした。鳥羽・伏見の戦いの時は幕府軍の重要拠点だったみたいです。

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大阪寄りの淀と京都寄りの納所村を結ぶ橋を落として官軍を食い止めようとした、みたいな話のようです。その後淀城は官軍に明け渡すことになり、戦いの趨勢を決めた一因だったとの説明があります。

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逆光で見えにくいのですが、目の前が京阪淀駅。京街道を普通に歩くと淀駅方面から画面手前の方向にきて、左へと進みます。そして京都淀競馬場のすぐそばを通りながら住宅街、そして後に出てきます車の抜け道になっている川の堤防を歩くことになりますが、その辺が歩くには少し怖いので、この後も車の往来は多いですが歩道のある京都守口線を進みます。

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進んでいると京都競馬場の駐車場の看板が。そして不意に若い頃の記憶が蘇ったのですが、私は競馬はしませんけれど、大学院生の頃京都に住んでいて実家の大阪に車で帰るとき、そう言えばこの道を抜け道に使っていたなあと。1号線はよく混むので、この道をよく走っていました。京街道にこだわらずにこちらを歩いたからこそ蘇った昔の記憶。

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本山に行くことだけを目的とするなら、このまままっすぐでいいのですが、できれば伏見(港)は寄っておきたい。そう思い、京街道への復帰を目指しましたが、これが結構大変な上に、重大な誤算が。詳細は省きますけれど、一旦大阪方面へ少し戻るような形で淀川(正確には宇治川)の堤防を目指します。

下の写真の、方向的にはまっすぐ写真奥に向かうのが本来の京街道。宇治川の堤防です。まっすぐ行けば伏見港へ。

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上の写真の位置で後ろを振り向けば堤防の道が続いています(下の写真)。淀駅の近くを京街道に従って歩けば、ここに出てきます。見ての通り、歩道がない道ですが案外車が走っています。そして、今は車通りの多い1号線で分断されており、ここの交差点を渡ることはできず、迂回することになりますが、往時は堤防をまっすぐ歩いていたのでしょう。それなら楽なのですが。

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ちなみに京大防災研究所が堤防のすぐのところにあり、へえ、こんなところにあるんだ、と思ったので、アップしました。

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ようやく、伏見港のランドマーク、三栖閘門が見えてきました。往時は、というか明治の頃は、淀川を上ってきて、ここで伏見港の高さまで船を上げて、入港したんでしょうね(宇治川は、伏見港から見るとかなり低いところにあります)。江戸時代はどうだったのでしょう。こんな近代的な設備はないでしょうしね。川の付け替え工事等もなく、水位も同じくらいだったのかも知れません。

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そして、先ほどの誤算の話につながるのですが、なんと!

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「この橋渡るべからず!」

私が道の参考にした京街道ウォーキングマップは2020年度版から更新されていないようですが、ここを渡るルートのはずが老朽化のため通行止め…orz

自己責任で渡る勇気もなく、かといって遠回りしてまた伏見港を見に行く気も起こらず。心折れかけましたが、ここは気を取り直して伏見の中心地へ。位置関係からすると、伏見港から北に京阪中書島駅があり、そのさらに北方に伏見の中心地がありますので、南に下るのを諦めれば、伏見の中心地へは割とすぐです。

とその前に、好きなお菓子メーカーの湖月の本社工場があったので、へえ、こんなところにあるんだ、という気分でアップ。

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京阪中書島駅が見えてきました。伏見港のことはもう忘れましょう(笑)

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少し北へ進むと、比較的最近整備されたのであろう「伏見みなと公園」が。

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そこには、坂本龍馬とお龍の像が。

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銅像の向かいには寺田屋がありました。この黒い建物は最近建てたもののようです。左下に小さくて見えないかも知れませんが赤い矢印とともに「寺田屋」の文字があります。この辺まで船がやってきて、ここで上陸していたのでしょう。

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こちらが寺田屋本館。今は博物館でしょうか、記念館でしょうか、中を見ることはできるようですが、入るとまた時間がかかってしまいますので、今回はやめておきました。

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この辺りへの到着が午前10時前で、まだ食事処や酒蔵が開いてなさそうでしたので、伏見散策はまた今度ということで、さらに北へ進みます。

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伏見からは京街道を外れ、延々と北上するのみです(京街道は京の市街地を通らず大津宿へ)。たまに道は曲がっていますが、ほぼ北上。その最中に「西方寺」という蓮如上人等の旧跡と書かれたお寺がありました。詳しいことはわかりません。

少し行くと今度はこんな碑が。京都は、歴史好き、龍馬好きにはたまりませんね。

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ここから後は普通の街並みで大して見所はなく、延々と北上。

伏見稲荷からはかなり西に外れていますが、参道だったということでしょう、このような碑を横目に進みながら、、、

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鴨川(桂川の支流)を渡って、、、

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十条を越えたあたりでようやく京都タワーが見えてきました。京都駅ビルが南北を分断する巨大な壁だという批判も昔はあったやに思いますが、ここからは全然見えませんし、威圧感はありません。

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近くで見ると、画面に入りきらないですが(下は北側から撮影)。

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京都タワーは真下から眺めるとこんな感じ。

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徒歩時間が3時間を超えたあたりから足も疲れ、足指や裏が痛くなってきて、足取りも重くなってきましたが、4時間経過の12時前くらいに駅に着きましたので、本山到着の前に腹ごしらえ。

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前に一度入ったことのある店でしたが、昼に入るのは初めて。定食だけかなと思い尋ねてみたら一品でもかまいませんよとのことで、こんな昼食。ウォーキング途中にお酒なんて、と思わないでくださいね。これでガソリン補給です。ちなみに、聚楽菊という日本酒は俳優の佐々木蔵之介さんの実家の酒蔵のお酒だそうです。3種とも美味しかったですが、聚楽菊、よかったです。これは試しに飲む量だったので、もう1合聚楽菊だけ飲もうかなとも思いましたが、いやいやとりあえずゴールを目指そうと、店を後に。

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京都駅から本山まではもう眼と鼻の先。普通に歩ける距離です(20分弱くらい)。威容を誇る巨大な東本願寺の前を通り、、、

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本山佛光寺のすぐ南にある真言宗のお寺も参拝し(確かこの辺に銭湯あったよなあと得度や夏安居の寮生だった頃のことを思い出しつつ)、本山に到着。下の写真は、本にもなった「8行法語」です。今月もなかなか味わい深い。

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最後に、歴史の中で佛光寺が大変だった時期に支えた有力末寺が立ち並ぶ方角から本山を撮影して、今回は終了です。

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大阪〜京都の電車移動に要した歩数も含めてですが、この日の歩数は34000歩。よく歩きました。

なお、伏見港は前回のゴール到達時にご紹介しておりますので、よろしければこちらもご覧ください。

 

 

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歴史街道、京街道ウォーキング(最終回)

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