御朱印

超願寺

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2017/06/20 御朱印

先日、法語印(御朱印に類似したものを当派ではこう呼びます)について、投稿いたしましたが、真宗各派で御朱印を交付しない理由について、以下のURLをリンクしました。

http://www.higashihonganji.or.jp/sermon/leaflet/02.html

そこでは、このように記載されております(抜粋)。

 

「お寺とは朱印を集めるためにお参りするところなのでしょうか。それならば、一度朱印をもらえば、二度とお参りすることはないでしょう。大事なのはお参りしたことがあるかどうかではなくて、お参りして教えに出遇(あ)ったかどうかです。また、どんな教えに出遇ったかということであるはずです。」

 

残念なことに、その後、こんなニュースに出会いました。

「御朱印がヤフオクで売られる」

(文字をクリックしてください。ニュース記事にリンクしています。)

 

件の神社はかなりご立腹のツイートをし、賛同が多いものの、遠方で行けないこともあるから郵送してほしいという声もあったようです。

 

しかし、私は神社の意見に賛成です。お参りすることに意味があり、例えば病床にあり自らが行けない時は親族や友人にお願いすべきでしょう。遠方であっても、何とかしてそこまで行く。少なくとも誰か自分と関係のある人に行ってもらう。それがありがたいのではないかと思います。

 

少し話は異なりますが、宗教的な意味のあるものが観光スポットになった結果、誰も手を合わせずただ写真を撮るだけということが増えたようです。

 

京都のタクシーの運転手さんが、外国人は、拝観料がかからない寺社ばかり回り、しかも賽銭を投げ入れることもしない、と嘆いておられました。もちろん、きっちりしている人もいるでしょうが、確かに、最近鳥居の前で一礼するとか、拝殿前できっちり柏手を打つとか、あまり見かけないような気はします。

 

何のために寺社仏閣に行くのか。何度でも足を運べば、その度に新たな発見、新たな感覚が味わえるはず。単なる観光スポットとして観に行くだけなら、多分いわゆるスピリチュアルな体験(語弊があるかもしれませんが、単に精神を揺さぶられるような体験、とご理解ください)はできないでしょう。

 

御朱印は、コレクションアイテムではなく、もらった人がそこから何かを感じるべきものだと思います。

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