ほんのささやかな幸せに癒されながら苦難を生きる

強い衝撃を受けた事件でした。日本でこんな事件がありうるのかと驚いたのはもう20年以上前でしょうか、地下鉄サリン事件でしたが、受験生が受験会場前で刺傷されるというのはこれまで聞いたことがなく、日本の安全神話が、どんどん崩壊していくのを感じざるを得ません。

同年代の子供を持ち、僧侶でもあり、大学教員でもある私には、被害者の受験生はもちろんのこと加害者の少年についても、他人事ではないと感じています。

1月18日付読売新聞夕刊「よみうり寸評」より

　悩める高校生、満男が問う。「人間は何のために生きてんのかな」。しばし考えた寅さんのセリフがいい◆「生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間生きてんじゃねえのか」。そう言って、励ましの言葉をかける。「お前にもそういう時が来るよ、うん。まあ、がんばれ」◆映画『男はつらいよ　寅次郎物語』の一場面を思い返しつつ思う。「東大医学部をめざしていた」という名古屋市の高校２年の少年（１７）に、悩みを相談できる相手はいなかったのだろうか◆東大の前で大学入学共通テストの受験生ら３人を刺傷した犯行は身勝手と言うしかないが、ただ切って捨てるわけにもいかない。生まれてきた喜びに気づかせる誰かがいたなら、「成績が上がらず、人を殺して死のうと思った」という供述を聞かずに済んだのかもしれない◆ときに寅さんの言葉を借りてもいい。周囲に目をこらし悩み苦しむ若者を支えたい。孤立の果てに人々を巻き込む凶行の連鎖を、断ち切るためにも。

東大医学部を出て医師になるという夢が果たせなければ人を殺して死んでしまおう。論理の飛躍がありすぎて、あまりにも稚拙で、視野の狭さを感じますが、思春期特有の感情をこじらせ、かつコロナ禍で人との触れ合いが少なくなる中で爆発してしまったのでしょうか。

当寺の法語の看板に貼る予定の1枚に、

苦しく辛い日々も　ほんのささやかな幸せに救われる

というのがあります。我慢を強いられる生活の中で、でも、ふと幸せに感じられる瞬間がある。例えば私にとっては、料理であり、お酒です。

僧侶とはいえストレスにさらされるのがこの世の常ですから、夜、何も考えずにバラエティ番組やお笑い番組を見ながらお酒を飲む。生まれてきてよかったなというほど大げさなことではないですが、至福のひとときです。（なお、浄土真宗は飲酒を否定しておりません。ほどほどに飲む分には構わないのです。）

子供たちにとっては勉強が仕事と言いますが、大人にとっての仕事は「お金を稼ぐ」ことが１番の目的になりがちです。子供にとっては、目標の大学に合格すること。これはもちろん大事なことで、お金がなければ生きていけないのが資本主義の世界ですし、合格しなければどうしようもない。ただ、一つだけの物差しで全てを測ろうとすると大抵の人は疲弊してしまう。東大理Ⅲ（医学部への進学コース）に合格できるのはほんの一握りですし、少しでも多くお金を儲けようとしても、何億、何十億と稼いでいる人はほんの一握り。

向上心は大事ですが、人生、全てが思い通りにいってる人なんてほぼいないでしょう。

こんな話を耳にしました。あくまで聞きかじっただけですので出典がわからないのですが、「頑張って、努力すれば何事でも実現できる、、、と思っているうちは成人とは言えない」という哲学者の言葉があるそうです。

四苦八苦という場合の「苦」には「どうしようもできないことをどうにかしようとするから苦しい」というニュアンスがあると言われています。死も老いることもどうしようもないですね。アンチエイジングなどと言いますが、歳は取ります。人間がどうにかしようとしても時を止めることはできません。

繰り返しになりますが向上心は大事です。すぐに「もうだめだ」と思ってしまうのはもったいない。難関大学に入れる地頭はあるのに勉強しないのはどうかと思いますが、無理なものは無理と諦めて次善の策、三善の策を講じる。もちろん難関大学に入ることに意味を見出せないのなら、別のことに没頭すればよい。

寅次郎の境地に至ることは難しいかもしれませんが、でも、何のために生きているのかと悩むより（哲学的には重要なテーマですが）、生きてるだけで丸儲けと思える方が、この苦しい時代を乗り切るために大事な心構えだと言えるのではないでしょうか。いつ来るかわからない「生まれてきてよかったな」と思える瞬間を待ちながら。

被害者の方は回復され受験できるようになって実力を発揮されることをお祈りしています（受験生ではない方もおられたようですが、快癒されることをお祈りしています）。加害者の少年はしっかりと罪を償って、人生をやり直してほしいと切に願います。

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